犬は人のストレスをにおいで分かる?2022・2024年の研究から解説
更新日:17 時間前
疲れて帰った日に、いつもより愛犬がそばに来る。「もしかして、こちらの気持ちが分かっているのかな?」と感じたことはありませんか。
犬は人の表情や声、動きに反応しますが、実は**呼吸や汗から生じる「においの変化」**にも注目した研究があります。
2022年に発表された実験では、特別な訓練を受けた犬4頭が、同じ人のストレス前後のにおいを高い正答率で区別しました。
さらに2024年には、人のストレスに関連するにおいが、犬の曖昧な状況での選択に影響する可能性を示す研究も報告されています。
ただし、「においの違いが分かる」ことと「悲しい理由まで理解する」ことは別です。
この記事では、2つの原著論文をもとに、実験の方法、数字の意味、研究の限界をやさしく解説します。

結論|犬はストレスに関連する「においの変化」を手がかりにできる可能性がある
これまでの研究から支持されているのは、人が急性の心理的ストレスを受けたとき、呼気や汗に含まれるにおいの情報が変化し、その違いを犬が検出できる可能性です。
一方、家庭で愛犬が飼い主を見つめたり、体を寄せたりしたときに、何を感じ取ったのかを一つの原因だけで説明することはできません。
まず、今回扱う2つの研究は、次のように目的が異なります。
研究 | 調べたこと | 主な結果 |
2022年・PLOS ONE | 人のストレス前後のにおいを犬が区別できるか | 訓練済み犬4頭の識別試行720回で正答率93.75% |
2024年・Scientific Reports | 見知らぬ人のストレス臭が犬の判断に影響するか | 犬18頭で、曖昧な餌の場所への接近が慎重になる条件があった |
どちらも重要な研究ですが、すべての犬が飼い主のストレスを判定できることや、人の感情の意味を理解したことを証明したわけではありません。
2022年の研究|人のストレス前後のにおいを犬は区別できる?
人36人分の「呼気と汗」を、訓練された犬4頭に提示
2022年9月、英国クイーンズ大学ベルファストなどの研究チームは、学術誌『PLOS ONE』に「犬は人の平常時と心理的ストレス時のにおいを区別できる」という研究を発表しました。
研究では、人に暗算課題を行ってもらい、課題の前後に呼気と汗の試料を集めました。
試料を使う人については、自己申告に加え、心拍数や血圧などの生理的指標によって、課題によるストレス反応が起きたか確認しました。
実際の犬の識別試験に使われたのは、人36人分の試料です。
識別実験に参加した犬は4頭で、においを探して特定の反応をする訓練を受けていました。
ここでの「ストレス」は、日常のさまざまな悩みすべてではなく、実験の暗算課題によって起きた急性の心理的ストレスを指します。
犬は3つの試料から選んだ
識別試験では、犬に3種類の試料を提示しました。
ストレス後: 暗算課題を終えた同じ人の呼気と汗
平常時: その人が課題に取り組む前の呼気と汗
空試料: 呼気や汗を含まない材料
犬はストレス後の試料を選ぶように訓練されており、研究者は平常時の試料や空試料がある中でも正しく区別できるかを調べました。
同じ人のストレス前後を比較することで、「人が違うからにおいが違う」という単純な説明を避けています。
また、実験は犬の反応を判断する人が正解の位置を知らない二重盲検法を用いて行われました。

実験結果|720回の識別試行で正答率93.75%
研究では、1セッションにつき20回の識別試行を行い、合計36セッション・720回の結果を集計しました。
犬たちは720回中675回、ストレス後の試料を正しく選びました。
675 ÷ 720 = 93.75%。
論文では犬4頭の成績を合計して、この正答率が報告されています。
偶然に3つの選択肢から正解する確率よりも高い成績でした。
「36回中34回正解」も別に報告されている
この研究には、36セッションそれぞれの最初の識別試行だけを取り出した結果もあります。
その場合は**36回中34回正解(94.44%)**でした。
この数字と、全720試行での**93.75%**は別の集計です。
混ぜて「36人の気持ちを94%の確率で理解した」と説明するのは正確ではありません。
正答率93.75%は、すべての家庭犬に当てはまらない
最も重要なのは、この数字が特定の条件で訓練された犬4頭の実験結果だという点です。
犬4頭のテスト参加回数も同じではなく、それぞれ16・11・7・2セッションでした。
研究者自身も、全ての犬に能力を一般化するための研究ではなく、特定のにおいの違いを犬が識別できることを示す実証研究だと説明しています。
したがって、「愛犬も94%の確率で飼い主のストレスを当てられる」という結論にはなりません。
犬は何のにおいを感じ取ったの?
研究チームは、ストレスによって生じる生理的変化が、呼気や汗から出る**揮発性有機化合物(VOC)**の構成などに影響し、犬がその違いを検出した可能性を考えています。
VOCとは、気体として周囲に出ていくさまざまな化学物質のことです。人の呼気や皮膚から出るにおいにも関係しています。
ただし、2022年の実験は、どの分子を犬が嗅ぎ分けたかを化学分析で特定する研究ではありません。
「ストレスという名前の決まった一つの物質を犬が嗅いだ」と証明されたわけではないことにも注意しましょう。
2024年の研究|人のストレス臭は犬の判断にも影響する?
2022年の研究は「犬がにおいを区別できるか」を調べました。
それに対して、2024年7月に『Scientific Reports』で発表された英国ブリストル大学などの研究は、人のストレスに関連するにおいが、犬の行動や判断に影響するかを調べたものです。
犬18頭に、見知らぬ人のにおいを提示
この研究には犬18頭が参加しました。
においの試料を提供したのは、犬たちが知らない人3人です。
試料は、緊張を伴う課題を行ったときと、リラックスしていたときの呼気や汗から採取されました。
研究者は、犬にあらかじめ「ある場所の食器には餌がある」「別の場所の食器には餌がない」と学習させました。
その後、餌がある場所とない場所の中間に食器を置き、犬がその曖昧な場所にどのように近づくかを比較しました。
試験は、においを提示しない条件・ストレスに関連するにおい・リラックス時のにおいの条件で行われました。
ストレス臭のとき、曖昧な場所への接近が慎重に
研究では、ストレスに関連するにおいを提示した条件で、餌のない場所に近い曖昧な位置への接近が、においのない条件より慎重になる結果が報告されました。
ただし、この変化は曖昧な場所のすべてで一様に確認されたわけではなく、特定の位置と試験セッションに関連する結果でした。
研究チームは、ストレス臭が犬の「餌がないかもしれない」という予測や、リスクを避けるような行動に影響した可能性を考えています。
この結果は、犬が飼い主を慰めようとする理由を説明したものではありません。
犬が実際にどのような感情を経験したかも、行動試験から間接的に推測したものです。

研究で分かったことと、まだ分からないこと
2つの研究を合わせても、「犬は飼い主の心を全部理解している」とは言えません。
研究から支持されること
訓練された一部の犬は、人のストレス前後の呼気・汗のにおいを区別できた。
ストレスに関連する人のにおいが、犬の曖昧な状況での行動に影響する可能性がある。
人の状態の変化について、視線や声だけでなく、においも手がかりになりうる。
まだ断定できないこと
すべての犬が同じ精度でストレス臭を見分けられること。
愛犬がにおいを感じた瞬間に、飼い主の悩みや悲しみの理由を理解できること。
においを感じた犬が、必ず寄り添ったり慰めたりすること。
犬の反応だけで、人の心理状態や病気を診断できること。
2022年は訓練犬4頭、2024年は犬18頭という、限られた条件での実験です。
研究結果は「犬の嗅覚の可能性」を示しており、「犬は人の気持ちを見透かす」という話ではありません。

疲れた日に愛犬が寄ってくるのは、においが理由?
実際に、仕事で疲れて帰った日だけ愛犬がそばに来る、と感じる人もいるでしょう。
その行動には、におい以外にもさまざまな要因が考えられます。
帰宅時間や、その日の生活の流れが違った
飼い主の声の調子、表情、動き方が違った
いつもより座っている時間が長かった
犬自身が近くで休みたかった
呼気や汗などのにおいが変わっていた可能性がある
こうした複数の手がかりを、実際の家庭では分離することが難しいため、「今日は心配してくれている」「ストレスを嗅ぎ取った」と一つに決めつける必要はありません。
家庭で実験を再現する必要はない
研究結果を確かめたいからといって、犬をわざと不安にさせたり、飼い主が強いストレスを受けたりする必要はありません。
2022年の実験は、専門的な訓練と試料の管理を行った研究です。
一般家庭で同じ試験を実施できることを意味しません。
愛犬との生活では、普段どおりの散歩や遊び、休息を大切にしましょう。
愛犬自身のストレスにも目を向けよう
人のストレスに関連するにおいが犬に影響する可能性があるなら、なおさら、犬自身の状態をよく観察したいところです。
例えば、いつもより隠れる、落ち着かない、食欲が変わる、体を硬くするなどの様子があっても、原因はさまざまです。
犬の行動を「飼い主のストレスを感じ取っているから」と決めつけず、環境の変化、休息、体調なども確認しましょう。
急な行動の変化が続く、体の不調が疑われる場合は獣医師に相談してください。
よくある質問
Q. 犬は人間のストレスを何%の確率で見分けられますか?
2022年の研究では、訓練された4頭による720回の識別試行で正答率93.75%でした。
これは特定の実験の成績で、一般の家庭犬が飼い主のストレスを見分ける確率を示した数字ではありません。
Q. 犬は汗のにおいだけでストレスを判断するのですか?
2022年の実験では呼気と汗を組み合わせた試料を使っています。
そのため、どちらの試料の成分が特に重要だったのか、具体的な物質が何だったのかを、この研究だけから確定することはできません。
Q. 愛犬が寄り添ってくれるのは、悲しい気持ちを理解したから?
そう感じる場面はありますが、今回の研究は寄り添う行動の理由や、悲しみの意味を理解する能力を調べたものではありません。
においの変化のほか、声や動き、普段の習慣なども関係する可能性があります。
Q. 人が緊張すると、犬も必ず不安になるのですか?
必ずではありません。
2024年の研究では、人のストレスに関連するにおいが犬の特定の選択に影響する可能性が見られましたが、すべての犬が一様に不安になることは示されていません。
Q. シェルティやボーダーコリーでも同じことができますか?
今回の2022年の正答率を犬種全体へ当てはめることはできません。
また、2024年の研究もすべての犬種の能力を比較したものではありません。
個々の犬の反応を犬種だけで断定することは避けましょう。
Q. 犬にストレスのにおいを嗅がせる訓練を家庭でするべき?
一般家庭で実験を再現する必要はありません。
犬に負担をかけず、安心して過ごせる環境を整えることを優先しましょう。
まとめ|犬の鼻は人の変化を捉える手がかりかもしれない
2022年の研究では、訓練された犬4頭が、同じ人のストレス前後の呼気・汗の試料を720回中675回、正しく識別しました。
2024年の別の研究では、見知らぬ人のストレスに関連するにおいが、犬の曖昧な状況での選択に影響する可能性が報告されました。
これらは犬の嗅覚の可能性を示す興味深い結果です。
ただし、においが違うと分かることと、人の気持ちや悩みの理由まで理解することは別です。
愛犬がそばに来てくれたら、その行動を一つの科学的理由に決めつけるより、愛犬自身の様子も見ながら穏やかな時間を過ごしてみてください。
参考資料
Wilson, C., Campbell, K., Petzel, Z., & Reeve, C.(2022)「Dogs can discriminate between human baseline and psychological stress condition odours」PLOS ONE 17(9): e0274143.https://doi.org/10.1371/journal.pone.0274143
Parr-Cortes, Z. ほか(2024)「The odour of an unfamiliar stressed or relaxed person affects dogs’ responses to a cognitive bias test」Scientific Reports 14: 15843.https://doi.org/10.1038/s41598-024-66147-1
University of Bristol(2024)「Smell of human stress affects dogs’ emotions leading them to make more pessimistic choices」https://www.bristol.ac.uk/news/2024/july/dogs-stress-study.html



コメント